建築家には車好きが多く、そういう人は愛車のコックピットに座ると疲れが吹っ飛ぶ気分になるそうだ。大学院時代に製図助手だったFさん(現、電機大教授)もそのタイプで、当時最新鋭の日産フェアレディを乗り回しており、運転が面倒になって車を使わなくなりはじめた頃の私は、よく彼の車に便乗して帰宅した。Fさんの運転はかなり強引で、神風タクシーすら次々と追い抜いていくのだが、なにせ加速のいい車だから危なげはなく、彼は愛馬を駆るようにその過程を楽しんでいたようで、深夜だと、本郷から下落合まで十五分もかからずに着いてしまう。
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帰宅の方角が一致しているとは言え、私の家まで来るとかなりの回り道になる。製図助手は設計の実戦部隊長みたいなもので、実務経験のない院生にとって最も直接的な、ある意味で怖い教師である。そういう人に自宅まで送り届けてもらうのは恐れ多い、と初めは恐縮していたが、そのうちに愛馬を駆る気分でいる数分の回り道は、彼の楽しみを数分引き伸ばすことでもある、と思うことにして遠慮なく乗せてもらうようになり、かくして船越さんは毎夜のように、門前に私を落とすとブアーッとエンジンをふかして颯爽と去っていくのであった。こういう車好きのAが愛車を運転している時間は、目的地に着くための「過程」ではなく「それ自身の価値があることになる。このことが毎日の通勤にあてはまれば、生涯通じての「それ自身の価値」の時間の累積は膨大なものになるだろう。